3. 11への祈り2019年03月15日

 3月13日、すみだトリフォニーホールでのダニエル・ハーディング指揮マーラー・チェンバー管弦楽団の演奏会。冒頭で演奏されたエルガー「ニムロッド」のあと、深い静寂が続いた。誰も身じろぎ一つしなかった。指揮者もオーケストラもそのまま静止している。誰もが、八年前のあの日を想い、それぞれの祈りを捧げていた。あたかもそのまま時が止まってしまったかのような、果てしない沈黙。
 誰に指示されたわけでもなく、音楽とともに自然に生まれた、美しい祈りの時間。音楽にしかできないことがある。
 ありがとう。

モーツァルトは素敵だ2019年03月18日

 最後にアッバードの演奏会を聴いてから五年半以上になる。その間、聴いて良かったと思える演奏会はあったものの、朝まで眠れないほど興奮するようなことは絶えてなかった。
 ところが、先日、二晩続けて凄いものを聴かせてもらった。3月13日、14日のハーディング指揮マーラー・チェンバー管弦楽団。しかも、この二回の印象がまったく違う。
 3月13日はシューベルトとブルックナー。この感じ、アッバードが好きな人はきっと喜ぶだろう。ハーディングは独自に新しいことをやっている。にもかかわらず、聴いていると何となく思い出してしまうのである。ブルックナーは小編成だけに各パートのポリフォニックな絡み合いがはっきりする。透明感が増して、いろいろな方向から届く響きに包まれている感じ。ときどき、宗教音楽のような雰囲気になる。
 3月14日はモーツァルトの後期三大交響曲。独創的な解釈、面白すぎるモーツァルト。モーツァルトの明るい輝きも、暗い情念も、すべて併せのんだ世界。アーティキュレーション、フレージングをはじめ、意表を突く表現の連続。メヌエットってこんなに速いの?第三十九番からアタッカで第四十番に入ったのには驚いた。どこに何が仕掛けてあるかわからないので気が抜けない。これだけやっても、聴く方が完全に音楽に乗せられているので、わざとらしい感じはない。最後まで驚かされっぱなし。
 ああ、楽しかった。モーツァルトは素敵だ。

蒔いた種は実る2019年03月31日

 アッバードは現代音楽の初演をしばしば行っていたが、一方で、長いこと忘れ去られていたオペラの復活蘇演にも熱心であった。ロッシーニ『ランスへの旅』、シューベルト『フィエラブラス』。演奏が高く評価される一方で、珍しい作品を取り上げてもその後に劇場のレパートリーとして定着するとは限らない、と皮肉な見方をする向きもあった。それから三十年余り。『ランスへの旅』はヨーロッパの歌劇場のみならず、日本でもちゃんと上演されている(最近では2015年に藤原歌劇団がアルベルト・ゼッダ指揮で上演)。『フィエラブラス』は、2014年ザルツブルク音楽祭で上演され、同じ演出で2018年にスカラ座で再演された(指揮者と歌手は異なる)のが記憶に新しいが、それ以前にもヨーロッパ各地の劇場で取り上げられている。いずれも、歌劇場のレパートリーとして定着している。
 蒔いた種が実るには時間がかかるのである。十年そこそこで評価してはいけない。これはなにも芸術に限った話ではない。学問の分野でも同様である。短期的な成果のみを要求して、それに応えられないものを切り捨てていたら、貴重な芽を摘むことになりかねない。